第四話

2019年01月19日

それから時間は、本当にあっという間に過ぎた。
レシートの裏に簡易的にカレンダーを書き、バツ印で消していく。
その赤い印は、もう半分まできていた。
足元に積み上げられた小学生用の昆虫図鑑を眺めながら、タバコの煙を吸っては吐く。
それが金魚の毎日だった。
昆虫図鑑に飽きれば、植物図鑑になり、それにも飽きれば、宇宙、鳥、鉱物、海洋生物...そしてまた昆虫図鑑に戻るだけのことである。
シャムは、といえば毎日のほとんどがテレビゲームだった。
その同じ様な日常の繰り返しを、私はただ眺めていた。
なんてくだらない。
なんて馬鹿馬鹿しいのだろう。
白状しよう。いつの間にか私は、それが楽しくて仕方が無くなった。

マイク付のカメラはリビングの天井付近に2台、ソファーの正面にあるテレビの上に1台。
同様に小型で高性能だ。
その他、LDKのキッチン、寝室、玄関、廊下、バスルーム、さらにはトイレにまで、それらの監視セット一式が取りつけられていた。
文字通り、彼らの生活の全て、くまなく見ることができるのである。

シャムが外出したことは一度もない。
禁止されているのかどうかは知らなかった。
たかだか一週間のデータしか持っていない私には、判断するのが難しい。

金魚の方は、今日までの一週間のうち二度買い物の為外出した。
金魚が外出している間、彼に監視はついているのか。
私にはわからない。
ただ、彼は必ず戻ってきた。

彼のいない間、私とシャムは2人きりで彼を待った。
2人きりで...。
そんな妄想が、本当なのか妄想なのかわからなくなる頃、金魚は戻ってきた。

スーパーの袋ががさがさと音をたてているであろう、玄関のカメラに画面を切り替える。
靴を脱ぎ、袋を持ち替えた金魚が、ちらりとカメラを見た。
私はすぐに「ただいま」という台詞を彼に当てはめる。
妄想は、"しょせん妄想だ"と認めることで、罪悪感が半減し、私は心底妄想を妄想として楽しめるようになっていった。

二人の食事はほとんどが冷凍食品で、暖めたり皿に盛ったりくらいは金魚がやった。
ごくシンプルなメニューが、テーブルに...時には床に並べられ、一緒に揃って食べることもあれば、気がむいたら各自手をつけることもある。

ここ三日、彼らが口にしていたのは、栄養補助食品だけだった。
チョコレート味のクッキーや、甘いタブレット、フルーツの入ったゼリー。
『一日に必要な鉄分・ミネラルがこれ一箱で』とか『一本でレモン百個分のビタミン』とか、そういう宇宙食みたいなものばかりだ。
主立っての理由は、シャムが食事を拒否したからだ。
「あんまり食べたくない」
拒否と言ってもまあ、その程度の一言だけだ。
"全部食べるまで休み時間は無し"の給食ルールも、"なんで食べないの?"という母親の小言もない世界で、金魚は先生代行でも母親代行でもなかった。
そして、その間は金魚もまともな食事を作って食べることは無かった。
単に面倒なのだろうとは思うが、彼の場合、チョコレート味のクッキーはあまり好きではないらしく、そろそろ私は心配に思うようになっていた。
心配に...と心の中でキーを叩くが、虚しくなってすぐに消す。
それくらいいいじゃないか。
心配くらい、勝手にしたっていいだろう。
そう思うが、なかなか自分が許してくれないこともあった。

それらの栄養補助食品をぼそぼそと口に持っていきながら、シャムはゲーム画面に向かっていた。
共働きの家の鍵っ子みたいで、自分の子供の頃と重なった。いや、なんでもいいから、自分との共通点を探したかったんだと思う。いつも同じアニメのビデオを見ながら、コーラとポテトチップスで親の帰りを待つ毎日...。
私は苦笑いを浮かべながら、冷めた缶コーヒーを飲み干した。
何を感傷的になっているんだ。感傷的になりたがっているのが自分でもよくわかった。感傷的になって、少しでもシャムに近づきたかった。悲しい仲間意識でなければ、誰かに近づいていくことはできないのだろうか。
そんなはずはない。
それでも、私が彼らに少しでも近づこうとすればするほど、私は彼らを哀れみ、また彼らを愛おしく思った。
"自分と同じで可哀想だ"とか"だから愛おしい"とか、くだらないとは思うのにその感情を拒否できない。

同じだなんて。
そんなはずないのもわかってる。

愛おしさが、憎しみや嫉妬に変わる。
自己愛の感情と、自己嫌悪の感情の繰り返しだ。

結局全部自分。自分、自分、自分のことばかり。
どうすれば、他人を他人として憎んだり愛したりできるのだろう。
やり方はわかってるはずなのに、感情がついていかない。
やり方はわかっているはずなのに?
きっと、他人を他人として憎んだり愛したりできる人は"やり方"なんて言わないんだろう。

シャムが熱中しているゲームは、『丸いボールを沢山箱に入れる』だの『コップの中の水の量を当てる』だの、どれも単調なモノばかりだった。

それを続けて何時間もやっているのだから、よっぽど集中力があるのだろうと思ったが、それ以外は恐ろしく短気だった。彼はいつも不機嫌で、いつも怒っていて、いつも悲しんでいるように見えた。

反対に、金魚の感情の起伏は、ぴんと張られた糸の様に一定だった。
その糸は、大抵のことでは、揺れない。リモコンが飛んできても、枕が飛んできても、フォークが飛んできても、灰皿が飛んできても、ありとあらゆるモノが降ってくる中で、それは揺れなかった。

揺れない糸を見て、シャムはますます声を荒げ、物を投げつけた。それも、思い切り、力いっぱいである。彼の落ち着き払った態度が、シャムを逆撫でているのだろう。
たまに見せる、金魚の「困った顔」は、シャムを安心させ落ち着かせる。
落ち着くと、二人はまたソファーに収まって、同じことを繰り返すのである。

『触れないから。きっとわからない。回るだけの時間』

ゲームの画面から、たまに聞こえてくる音楽だ。
乾いた女の声で、伴奏はピアノ。
女の発音には特徴があって、沢山の言語の癖がごちゃまぜになったような感じだった。
タイトルも歌詞も、歌っている人も思い出せないが、私はその歌を知っていた。
ただ、私の知っているその歌は英語で歌われていたはずで、ゲームの曲は日本語の歌詞だった。

『見えないモノ。聞こえないオト。繰り返すだけの時間』

良く似た違う歌なのかもしれない。ふと気がつくと、その歌が頭の中で流れていることがある。どこで聴いたのか、誰が歌っているのか、タイトルなどを思い出そうと考える時間が、一日に何時間もあった。
何かを漠然と考えている時は、時間が早く流れる。
思い出せない事や、答えの出ない事を考えていると、本当にあっという間だ。こうやってぼんやりと頬杖をついているだけで、足を組替えるだけで、欠伸をするだけで、いくらでも「暇」がつぶされていく。

ぼんやりと頬杖をつかなくても、足を組替えなくても、欠伸をしなくても、同じことなのだけれど。  
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