第五話

2019年01月18日

彼ら二人は、大抵の時間狭いソファーで密接していた。
それはまるで、母親の胎内で生まれるのを待っている、双生児の様だった。
姿形は随分と似ていないはずなのに、なぜか私はそう思った。
まだ二人になる前の、一人の二人。
丁度良い言葉はないけれど、言い表すとしたら"憧れ"や"願望"のようなもの。
私は私の中にある憧れを、なんの躊躇いもなく彼らに投影していった。
二人にならないでくれ。ずっとそうやって、二人に別れず一人でいてくれとさえ思った。
そんな風に好き勝手に理想を投影することに、初めは躊躇いもしたはずだ。
けれど、いつからか、憧れや願望にも似たその感情が、堰を切ったようにあふれ出てきたのだ。
まるで玩具である。
彼らは、私にとって、心の隅っこに押しやられて半ば腐りかけていた"憧れ"を、具体化してくれる壊れかけた玩具の映写機だった。

「シャム、ほら」
金魚の声が、小さく部屋に落ちる。
その声は、実際の何倍かにボリュームを上げられて、小鳥の部屋に響き渡っていた。
シャムは、テレビのすぐ前の床に膝を抱えるようにして座り、コントローラーを握っている。
「目玉焼きなら食べたいんだろ?」
食卓の椅子に腰を下ろし、金魚が言う。
シャムはやはり返事をせず、青い四角と赤い四角を交互に積み上げていくゲームを続けていた。何かぶつぶつと眩いている。コントローラーを操作するかちゃかちゃという音と、無機質なコンピューター音楽に消されて、はっきりとは聞こえない。
「......ナナ......、チ...、......ウ...イチ」
どうやら、積み上げた四角の数を数えているらしかった。
グラグラと揺れる四角のタワーを、鳥がクチバシで突いて崩壊させようとする。
その鳥を殺しながら、シャムは四角を積み上げ続けた。
「そっちで食べる?」
金魚が問いかけるが、シャムは反応しない。
聞こえていないのではない。完全に無視しているのだ。

気が違ったような色のそのタワーが崩れ落ちるまで、そうそう時間もかからないだろう。金魚は諦めて、タワーの崩壊を待つことにした。
ダイニングテーブルには、目玉焼きと、ボイルして作るタイプの野菜スープが並べてある。
暖かい湯気の立つ食卓は、ママゴトめいていて、金魚は少しだけ居心地悪く感じる。
当分子供を作る予定の無い新婚夫婦が、慎ましく住まうような小さなリビングルームに、2人の暮らしはとても不自然だった。

「......二百三十五、......二百三十六」
今日はなかなか崩れないらしい。シャムの青い目の中で、赤い四角と青い四角が次々と積み上げられていく。鳥たちは後を競うように殺され落下していった。
まだ湯気のたっている料理を眺めながら、金魚は煙草に火を着ける。
ジッポの硬い金属音が、やけに鋭く響き、そのたび金魚は背中を刺されたような気分になる。
そのジッポを貰うまで、もっぱら100円ライターばかり使っていた。
オイルを足したりするのは面倒だったし、ずっしりとした金属の塊は、過度に男臭くて、自分には似合わないと思っていた。
それでも、その塊は、手の中で握っているだけで心を落ち着かせてくれたし、点けては消し、また点けては消す度、苛々した気持ちを表現することもできた。
蓋を開けて、閉める。
楽になりたいのかもしれない。
今の自分のあやふやな影を、ナイフで一突き、それから…そうだオイルをかけて、火をつけて燃やす。
想像を巡らす。
そんなことで楽になれるなんて思わないけれどね。
だけど、今の自分が「ON」なのか「OFF」なのかすら分からない状況は、金魚の胸をずっと締め付け続けていた。

ふと見ると、スープからはもう湯気が消えていた。 
キチガイタワーはまだ崩れない。
降参だ。いい加減にしてくれ。待つのは耐えられないし、もう一度シャムを呼ぶのはもっと耐えられない。
何も言わず、シャムの少し後ろに座り込むと、金魚は膝を抱えた。
背中を小さく丸めると、金魚の身体は本当に小さく見えた。
そうして煙草を深く吸い込むと、ダイニングテーブルの上のライトに設置されているカメラに目をやる。
今、どんな風に見えてる?
頭の中で、質問をする。
シャムが後ろから首に腕を絡めてきた。
キチガイタワーが崩れたのだ。
甘い匂いがする。
それはカルシウムたっぷりの、ウエハースの匂いだ。
“もう冷めたよ。”
声を出すのが面倒で、金魚は頭の中だけでそう言った。
それで伝わるのか?
クスクス笑いながら、シャムは金魚の首にぶら下がるようにして戯れた。

テレビを見ると、ゲームの画面がペトリ皿に変わっている。
細い緑の芽が出ていて、その先にはふっくらとした蕾ができている。

シャムを胸に抱いたまま、そのままゆっくりと床に仰向けになった。
今、どんな風に見えてる?
天井のカメラが目に入って、金魚はまた、質問を繰り返した。
柔らかい青灰色の髪が、金魚の首筋をくすぐる。
長くなった煙草の灰が、床に落ちる。
ああ、そうだ。
煙草を吸ってたんだっけ。
頭の中で吸っていたのか、現実で吸っていたのかわからなくなるほど、たまに色んなことがあやふやになった。
煙草を床で擦り消すと、金魚は目を閉じた。
「アレ見た?もうすぐ咲くね」
耳元でシャムが言う。
声の振動で、シャムが生きているのが、はっきりとわかった。
シャムの背中に手を乗せると、驚くほどぺたんとしていて、まるで二人は一人みたいだった。
どうせなら、「ON」。
そう。どうせなら、スイッチは入っていた方がいい。
だけど、それを切るのも入れるのもオレじゃない。
小さくて細い、白くて青い、コイツの指の先がオレに触れている時、きっとオレの中のスイッチはONになったりOFFになったりする。

ゆっくりと目を開けると、天井のカメラと目が合った。
今、どんな風に見えてる?
金魚はまた、同じ質問を繰り返す。
アンタがもし、自分を一人だと思うなら。
オレだって一人だよ。
そうは見えないかもしれないけれど、オレもそうなんだ。
こんなに素直に答えは出ているのに、その孤独が、どうしても嫌なものだとは思えなかった。
孤独でいたいから、物質的に一人でいるよりももっともっと一人でいたいから、だから今オレはシャムといるのだろうか?
わかっていた。
シャムもきっと、そう思ってる。
一人より一人でいたくて、孤独より孤独でいたくて、お互いの影を握りつぶすように寄り添いあっている。
それがリアリティ。
ここはオレがオレだと思える、唯一の場所だった。
オレは金魚だ。そしてシャムだ。そして、小鳥だ。
ケーキ箱の中にあるのは、苺だけ全部盗み取られた甘いショートケーキ。
苺のないショートケーキなんて、空っぽよりたちが悪いね。
そうだ。
とてもたちが悪い。
そうだろう?

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